大谷吉継
永禄二〜慶長五年
生国は不詳。初期の動向は明らかではないが、賤ヶ岳の戦いで 七本槍に次ぐ武功を挙。 天正十三年に従五位下刑部少輔を叙任。 文禄の役では奉行として渡鮮する。 関ヶ原の戦いでは、西軍に与する。 病の為、籠に乗って出兵だったが、奮闘の末、自刃して果てた。
名言 金のみで人は動くにあらず 辞世の句 契りあれば六つの衢に待てしばし 遅れ先だつことはありとも
肖像画-石田多加幸氏蔵