中岡慎太郎 1838-1867
土佐に生まれる。武市瑞山の道場に入門し武市が結成した土佐勤皇党に加盟するが、1863年脱藩する 長州三田尻に逃亡し、亡命浪士たちの統制を行う。上洛後、薩摩藩の島津久光の暗殺を画策したが果たせず長州藩の敗北を機会に雄藩連合による武力倒幕論に転向する。土佐藩士の坂本龍馬とともに長州藩の桂小五郎、薩摩藩の西郷隆盛の会合・盟約に奔走する1867年藩から赦免され陸援隊を組織し隊長となる。 同年、京都近江屋に坂本龍馬と滞在中見廻組に襲撃され犯行の様子などを語り、龍馬に二日遅れて死去
辞世の詩