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加藤清正

永禄五〜慶長十六

尾張国中村の出身。 幼少の頃より秀吉に仕え、天正十一年四図が賤ヶ岳の戦いで 武功をあげ、七本槍の一人に数えられる。 同十六年、肥後半国十九万余石を与えられ熊本を居城とする。 
渡鮮した文禄の役では、漢城を陥落させたのをはじめ、戦いぶりが 恐れられた。 
関ヶ原の戦いでは、東軍に属し戦後に肥後一国五四万余石を領した。

名言 上一人の心、下万人に通うず

軍旗

印章

家紋

陣中床机

花押

清正所用の陣中床机-大坂城天守閣蔵清正所用 金小札色々威片肌脱二枚胴具足-東京国立博物館蔵 肖像画-勧持院蔵