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豊臣秀吉

天文五〜慶長三年

織田信長に軽率から仕え、木下姓から羽柴姓に改姓。 
天正元年、長浜に居城。本能寺の変後、明智光秀・柴田勝家 を滅ぼして、信長後継者の地位を確保する。 同十八年、後北条氏を小田原の役で滅ぼし天下の覇権を握った。 この間、関白・太政大臣に叙任され、豊臣姓を賜る。 慶長三年、朝鮮出兵の最中、伏見城で死去。

辞世の句  露と落ち露と消えにし我が身かな なにわの事も夢のまた夢
印章

家紋

花押

羽織

色々威二枚胴具足-名古屋市秀吉清正記念館蔵 太閤桐紋陣羽織-伊澤家蔵肖像画-大坂市立美術館蔵